黒塗りが剥がせた事故から学ぶこと — 組織で防ぐ手順と、起きたときの対応
先に結論
公開した PDF や、外部に出した PDF の黒塗りが、あとから剥がせたと分かる事故は、これまでに何度も報じられ、公表されてきました。裁判所のウェブサイトに載った判決文、大学が外部機関に出した資料、市が情報公開で提供した PDF などです。
これらの事故には、共通する点があります。
- 画面では黒く見えていた。作業した人は、消したつもりでいた
- 下の文字がファイルの中に残っていた。黒い部分は上に重なっていただけだった
- 出す前の確認で気づけなかった。分かったきっかけが、外からの指摘だった例もある
どれも、特別な技術がなければ防げない事故ではありません。防ぐ手順は、消し方を決めておく・作業する人と確かめる人を分ける・出す前にファイルの中を検査する・何を確かめたかを記録に残す、の 4 つにまとめられます。このページでは、事故の起き方を一般化して整理し、組織の手順としてどう備えるかを説明します。
なお、このページは特定の組織や事件を評価するものではありません。組織名は挙げず、報道や公式の発表から分かる起き方だけを取り上げます。黒塗りの失敗の型と、手元での見分け方は 黒塗りした PDF の文字が見えてしまう原因と、渡す前の確かめ方 にまとめています。
報じられた事故・公表された事故
裁判所のウェブサイトに載った判決文(2007 年に報道)
裁判所のウェブサイトに掲載された判決文で、当事者の申し立てで黒く塗りつぶしたはずの部分が、実は読める状態だったと報じられました。報道によれば、担当者がワープロソフトで該当箇所を黒く塗りつぶして公開したところ、翌日に「ある操作」で黒塗りの部分を簡単に戻せるという指摘が寄せられ、掲載から 22 時間後にファイルが削除されたとのことです。
大学が外部機関に出した資料(2023 年に報道)
大学が外部機関に提出した資料で、黒塗りが適切にできておらず、個人情報が漏えいした可能性があると報じられました。報道によれば、PDF ソフトの編集機能などで、黒塗りした部分の文字のデータが取り出せる状態だったとされています。対象は、学生や教職員などの氏名・所属などと伝えられました。
市が情報公開で提供した PDF(市の公式の発表・2025 年 12 月更新)
ある市は、情報公開で提供した一部の PDF で、個人情報を守るために施した黒塗りの加工が、特定の操作で取り除ける状態だったと公式に発表しています。発表では、情報を寄せられた 1 件のほかに、可能性のあるものが 2 件確認されたと説明しています。
3 つの事故から分かること
場面も年も違いますが、どれも外に出す PDFで起きています。判決文の公開、外部機関への提出、情報公開での提供は、いずれも「誰かに読まれること」が前提の文書です。一度外に出た PDF は、手元で直しても、受け取った人の手元のファイルは元に戻りません。だからこそ、出す前に防ぐ手順が大切になります。
また、裁判所の例と市の例では、外からの指摘や情報提供で問題が分かっています。出す側の確認で見つけられなかった、ということです。裁判所や市のような公的な機関でも起きている点は、覚えておく価値があります。
なぜ「見た目だけ」の黒塗りになるのか
PDF は、文字と図形の重ね合わせ
PDF のページは、文字・図形・画像を重ねて描いています。黒い四角を上に置くと、画面ではその部分が黒く見えます。しかし、下にある文字のデータは消えていません。文字を選んでコピーしたり、検索したり、編集のソフトで四角を動かしたりすると、下の文字が出てきます。
大学の事故を伝えた報道は、文章作成ソフトで黒塗りをしてから PDF に変換すると、黒塗りで隠した部分の文字のデータが取り出せる場合がある、と説明しています。対策としては、PDF のソフトの墨消し機能のようにデータごと消す機能を使うか、PDF にする前に文字のデータを消しておく方法が挙げられていました。
国立研究開発法人科学技術振興機構の「J-STAGE 運用マニュアル」の「PDF 作成指針」(平成 28 年 7 月・第 1.41 版)も、画像の一部を隠すときの注意として、「ワープロソフトや PDF 作成ソフト等で、画像の上に黒い四角形等のオブジェクトを重ねただけでは、それが取り外されてしまう危険性があります。」と書いています。
紙でも「見た目だけ」は起きる
見た目だけの隠し方が問題になるのは、PDF に限りません。個人情報保護委員会の「特定個人情報を取り扱う際の注意ポイント」(令和 6 年 6 月)は、漏えい等事案の事例として、「マスキング処理が不十分なまま(簡単に剥がれるテープを張っただけのもの)」でマイナンバーの載った書類を委託事業者に引き渡していた例を挙げています。そのうえで、個人番号の部分を「復元不可能な程度にマスキング(マジック等で黒塗りしたものをコピーするなど)した上で、渡すようにしましょう。」と書いています。
紙をスキャンして PDF にするときは、塗りが薄いと下の文字が透けることがあります。スキャンした PDF の注意点は スキャンした PDF の黒塗り の記事で扱っています。
組織として防ぐ手順
担当者 1 人の知識や注意だけに頼ると、その人が仕組みを知らなければ防げません。組織として備えるなら、次の 4 つを手順として決めておきます。
1. 消し方を決めておく(手順書)
「黒く塗る」のやり方を担当者に任せると、図形を重ねる・蛍光ペンの機能で塗る・文字の色を黒くする、など人によってばらばらになります。手順書では、下の文字ごと消す(焼き込み)方式だけを使うと決め、使ってよい道具と操作を書いておきます。
- PDF のソフトの墨消し機能を使う場合は、印を付けたあと、墨消しを「適用」して保存するまでが作業だと書いておく
- PDF にする前の文書で消す場合は、図形を重ねるのではなく、文字そのものを消してから PDF にする
- 紙で塗る場合は、塗ったものをコピーし、透けていないかを確かめる
先の PDF 作成指針は、Acrobat の墨消しの操作は印を付けた箇所を消してしまい、元に戻せない(復元不可)と注意し、作業の前にデータをバックアップするよう書いています。消す前のファイル(原本)は別に残し、消した版は別のファイルとして作ることも、手順書に入れておくとよいでしょう。各ソフトの操作は版によって変わるので、公式の説明を確認してください。
2. 作業する人と確かめる人を分ける(二重の確認)
消した本人が確かめるだけだと、作業のときの思い込みをそのまま確認に持ち込むおそれがあります。消す作業と、出す前の確認を別の人が行うと決めておきます。確かめる人は、作業した人の説明ではなく、出来上がったファイルそのものを見ます。
3. 出す前にファイルの中を検査する
画面で黒く見えるかどうかは、確認になりません。出す前に、次のことを試します。
- 全体を選んでコピーし、テキストエディタに貼り付けて、消したはずの語が出てこないか
- 消したはずの氏名や番号で検索して、見つからないか
- 文書のプロパティ(作成者・タイトルなど)・しおり・注釈・添付ファイルに、余計な情報が残っていないか
手で試すと、見えない文字や文書情報を見落とすことがあります。剥がしテスト(無料)を使うと、黒い四角の下に残った文字、白い文字・とても小さい文字・ページの外に置かれた文字、文書情報、注釈・添付ファイル・しおりなどをまとめて調べられます。アプリを入れられない環境なら、ブラウザで剥がしテスト で、PDF をブラウザの中だけで調べられます(ファイルはどこにも送りません。画像の中の文字は対象にしていません)。
4. 何を確かめたかを記録に残す
出したあとで問い合わせを受けたとき、「いつ、誰が、どのファイルを、どう確かめたか」が分かると、説明がしやすくなります。確認した人・日付・ファイル名・試した項目を、決まった様式で残しておきます。記録の様式は、組織の文書管理の決まりに合わせてください。
起きてしまったら
まず、公開や配布を止める
ウェブサイトに載せている PDF なら、掲載を止めます。裁判所の例でも、指摘を受けてファイルが削除されたと報じられています。メールや郵送で渡したものは、相手に連絡して、そのファイルを使わないよう頼みます。
元のファイルから、下の文字ごと消してやり直す
剥がせる PDF の上から黒い四角を重ね直しても、同じ失敗を重ねるだけです。消す前の元のファイルから、焼き込みの方式でやり直し、出す前の検査をもう一度行います。
漏えい等の報告が要るかを確かめる
個人情報保護委員会の「漏えい等の対応とお役立ち資料」は、「下記の要件に該当する場合、漏えい等報告が義務付けられています。」として、要配慮個人情報が含まれる場合、財産的被害が生じるおそれがある場合、不正の目的をもって行われたおそれがある場合、本人の数が一定の数を超える場合などを、民間事業者等と行政機関等に分けて示しています。報告については「発覚したら、まずは速やかに報告してください。」と書いています。
剥がせる黒塗りの PDF を出したことが、どの要件に当たるかは、個別の判断です。個人情報保護委員会の資料やガイドラインを確かめ、専門家に相談してください。大学の例では、関係者に個別に説明して謝罪したと報じられています。本人への連絡のしかたも、あわせて検討します。
原因を手順に戻す
担当者の不注意で終わらせず、「どの手順が抜けていたか」を確かめます。消し方が決まっていなかったのか、確認する人がいなかったのか、検査のやり方が画面を見るだけだったのか。抜けていた手順を、手順書に書き足します。
手順書に入れておきたい項目
ここまでの内容を、手順書のひな形として並べます。組織の決まりに合わせて書き換えてください。
- 原本を残す:消す前のファイルは別に保存し、消した版は別のファイルとして作る
- 消す範囲を決める:何を消すかを、担当者の判断だけにしない。迷うものは決まった相談先に聞く
- 消し方を 1 つに決める:下の文字ごと消す方式だけを使う。図形・蛍光ペン・文字色で塗らない
- 適用と保存まで行う:墨消しの機能は、印を付けただけで終わらせない
- 別の人が確かめる:作業した人とは別の人が、出来上がったファイルを確かめる
- ファイルの中を検査する:コピー・検索・文書情報の確認、または剥がしテストで調べる。紙なら透けていないかを見る
- 記録を残す:確認した人・日付・ファイル名・試した項目を残す
- 起きたときの連絡先を決めておく:掲載を止める担当、相手への連絡、個人情報の担当部署への報告の順番を決めておく
Fuseji で手順を支える
Fuseji(伏字)は、日本語の PDF と画像から、氏名・住所・電話番号などの個人情報を候補として示し、選んだ部分を下の文字ごと焼き込む Mac アプリです。上の手順のうち、いくつかをアプリの中で支えられます。
- 消し方が 1 つになる:墨消しは焼き込み方式で、下の文字ごと消します。原本は変更せず、いつも別名で書き出します
- 書き出した直後に確かめる:書き出したあと、自動で全文検索を走らせて、消した語が残っていないかを確かめます
- 確認の記録が残る:ページごとに「確認済み」の印を付けられ、確認の状況は検証レポートに残ります(検証レポートの保存は個人版以上)
- ほかの道具で消した PDF も検査できる:剥がしテストは無料版でもずっと使えます
検出は「候補の提示」です。漏れがないことを保証するものではないので、最終的な確認は画面で行ってください。何を消すかを決めるのは、Fuseji ではなく文書を出す側です。価格は 価格、無料版は ダウンロード から入手できます。
このページは、報道・公式の発表・参考に挙げた資料から分かることを、一般化して整理したものです。個別の事案で報告が要るか、どう対応するかは、個人情報保護委員会のガイドラインを確かめ、専門家に確認してください。
参考
- 個人情報保護委員会「特定個人情報を取り扱う際の注意ポイント」(令和 6 年 6 月)2-1:https://www.ppc.go.jp/files/pdf/cautionary_points.pdf
- 個人情報保護委員会「漏えい等の対応とお役立ち資料」:https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/leakAction/
- 国立研究開発法人科学技術振興機構「J-STAGE 運用マニュアル」の「PDF 作成指針」(平成 28 年 7 月・第 1.41 版):https://www.jstage.jst.go.jp/static/files/ja/UM-02-013.pdf