ハラスメントの調査報告書を当事者に見せるとき — 伏せる情報と、黒塗りの確かめ方
先に結論
ハラスメントの相談を受けた会社は、事実関係を確かめ、その結果を踏まえて対応します。調査が終わると、相談した人や行為者とされた人に結果を伝える場面や、報告書そのものを見せてほしいと言われる場面があります。そのとき迷うのが「報告書のどこを伏せればよいか」です。
押さえることは 3 つです。
- 厚生労働省の指針は、相談への対応と事後の対応で、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずることを、事業主に求めています。プライバシーには、性的指向・ジェンダーアイデンティティや病歴、不妊治療などの機微な個人情報も含まれる、と書いています。
- ただし、報告書のどこまでを当事者に見せるか、どこを黒塗りにするかは、指針には書かれていません。決めるのは会社の規程と、事案ごとの判断です。
- 黒塗りして渡すなら、下の文字ごと消す。黒い四角を重ねただけの PDF は、文字を選んでコピーすると読めてしまうことがあります。
このページは、指針とパンフレット、個人情報保護法の条文の言葉どおりに整理します。個別の事案で、何を伏せるか、どの条文に当たるかの判断はしません。社内の担当部署や、弁護士などの専門家に確認してください。
指針が求めていること:相談者・行為者等のプライバシーの保護
パワーハラスメントとセクシュアルハラスメントの指針
職場のハラスメントについて、事業主が講ずべき措置は厚生労働省の指針に書かれています。パワーハラスメントは「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」、セクシュアルハラスメントは「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」です。
令和 7 年 6 月 11 日に公布された労働施策総合推進法等の改正が、令和 8 年(2026 年)10 月 1 日に施行されました。この改正で、カスタマーハラスメントと、求職者等に対するセクシュアルハラスメントの防止の措置も事業主の義務になっています。厚生労働省のページには、パワーハラスメントとセクシュアルハラスメントの指針も令和 8 年 10 月 1 日適用の版が載っています。パワーハラスメントの指針が根拠にする条文は、この版では労働施策総合推進法の「第31条第1項及び第2項」です。古い資料の条番号とは違うことがあるので、規程を見直すときは今の版で確かめてください。
「併せて講ずべき措置」の 1 つ目
パワーハラスメントの指針は、相談の体制や事後の対応と「併せて講ずべき措置」として、次のように書いています。
「職場におけるパワーハラスメントに係る相談者・行為者等の情報は当該相談者・行為者等のプライバシーに属するものであることから、相談への対応又は当該パワーハラスメントに係る事後の対応に当たっては、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に対して周知すること。」
続けて「相談者・行為者等のプライバシーには、性的指向・ジェンダーアイデンティティや病歴、不妊治療等の機微な個人情報も含まれるものであること。」とあります。セクシュアルハラスメントの指針にも、同じ趣旨の措置が書かれています。
措置を講じていると認められる例として挙がっているのは、プライバシーの保護に必要な事項をあらかじめマニュアルに定め、相談窓口の担当者がそれに基づいて対応すること、担当者に研修を行うこと、措置を講じていることを社内報などで周知することです。厚生労働省のパンフレットも「ハラスメントの事案についての個人情報は、特に個人のプライバシー保護に関連する事項ですから」、保護に必要な措置を講じ、労働者が安心して相談できるようにする必要がある、と書いています。
指針に書かれていないこと
指針の取組例は、マニュアル・研修・周知です。調査の結果を当事者にどう伝えるか、報告書のどの部分を伏せるかは、指針には書かれていません。「この情報は必ず消す」「この情報は見せてよい」という一覧は、指針からは導けません。報告書を扱うときの決まりは、指針が例に挙げる「マニュアル」の中に、会社が自分で書くことになります。
また、厚生労働省の解釈事項は、個々の事案がハラスメントに当たるかどうかについて、「都道府県労働局において、具体的に発生した個々の事案がハラスメントに該当するか否かの判断は行わない。」と書いています。事実を確かめ、必要な措置を講じるのは事業主です。
報告書に載る情報と、見せる相手
事実の確認には、当事者以外の人も関わる
指針は、事実関係を確かめる方法の例として、相談窓口の担当者・人事部門・専門の委員会などが「相談者及び行為者の双方から事実関係を確認すること」を挙げています。双方の主張が食い違い、事実の確認が十分にできない場合には「第三者からも事実関係を聴取する等の措置を講ずること」とも書いています。
つまり、調査の記録や報告書には、相談者と行為者だけでなく、話を聞かれた同僚などの名前や発言が載ることがあります。指針は、事実関係の確認などの措置に協力したことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発することも求めています。
見せる相手ごとに、何が要るかを考える
指針は報告書の伏せ方を決めていないので、ここからは考えるための観点です。決めるのは会社の規程と担当部署です。
- 相談者に結果を伝えるとき:何が確認でき、会社としてどう対応するかを伝えるのに、聴取した第三者の氏名や、その人の発言の言い回しまで要るか
- 行為者とされた人に伝えるとき:確認された事実と処分の理由を伝えるのに、相談者の病歴や家族の事情など、事案の判断と関わりの薄い情報まで要るか
- 社内の会議や上長に共有するとき:再発防止の検討に、個人を特定できる情報が要るか
機微な個人情報は、暴露そのものが問題になりうる
パワーハラスメントの指針は、典型的にパワーハラスメントに当たると考えられる例の「個の侵害」に、「労働者の性的指向・ジェンダーアイデンティティや病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」を挙げています。調査の過程で知った機微な情報を、報告書の写しを通じて本人の了解なく広げてしまわないよう、渡す前に確かめてください。
本人から開示を求められたとき
調査の記録に自分の情報が載っている人から、個人情報保護法に基づいて開示を求められることもあります。個人情報保護法 第 33 条第 2 項は、本人から保有個人データの開示を請求されたときは、遅滞なく開示しなければならないとしたうえで、「ただし、開示することにより次の各号のいずれかに該当する場合は、その全部又は一部を開示しないことができる。」と定めています。第 1 号は「本人又は第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合」です。
調査の記録が保有個人データに当たるか、どの部分がどの号に当たるかは、事案ごとの判断です。開示しない旨の決定をしたときの通知や、理由の説明については、開示請求に応じるときの黒塗りと、不開示の理由の示し方 にまとめています。判断に迷うときは、個人情報保護委員会のガイドラインを確かめ、専門家に確認してください。
黒塗りして渡すときの失敗
黒い四角を重ねただけでは、下の文字が残る
報告書を Word などで作り、PDF にしてから黒塗りすることがあります。このとき、注釈や図形で黒い四角を重ねただけだと、文字の層がある PDF なら、下の文字がファイルの中に残っています。文字を選んでコピーしたり、検索したりすると、隠したはずの名前や発言が読めてしまいます。紙に印刷してペンで塗る場合は、塗りが薄いと下の文字が透けることがあります。
画面で消すなら、下の文字ごと消す(焼き込み)方式を使います。やり方は PDF を黒塗り(墨消し)する正しい方法 に、失敗の型は 黒塗りが「見える」「剥がせる」原因と、渡す前の確かめ方 にまとめています。
本文の外にも名前が残る
本文の名前を消しても、PDF の文書情報(作成者など)、コメント、ヘッダー・フッター、添付ファイルに、作った人や関係者の名前が残っていることがあります。ファイル名に当事者の名前を入れていないかも見てください。消したあとの PDF は 剥がしテスト(無料)で、黒い四角の下に文字が残っていないかを調べられます。
Fuseji で消す場合
Fuseji(伏字)は、日本語の PDF から氏名・住所・電話番号・会社名などを候補として示し、選んだ部分を下の文字ごと焼き込む Mac アプリです。ページを画像として作り直すので、文字の情報・文書情報(作成者など)・注釈・添付ファイル・見えない文字は残りません。発言の一部のように自動では見つけられない部分は、ページ上をドラッグして「範囲として消す」候補に足せます。
消し方は、黒塗りのほかに、ラベル(【氏名1】など)を選べます。同じ人物には同じ番号が付くので、伏せたあとも「誰の発言か」を読み分けられます。書き出した直後に、消した語が残っていないかを自動で確かめ、検証レポートとして残します。検出は「候補の提示」で、漏れがないことを保証するものではありません。最終的な確認は画面で行ってください。
手順のまとめ
- 規程を確かめる:調査の記録と報告書を誰が見られるか、当事者にどう伝えるかを、プライバシーの保護のマニュアルに書いてあるか確かめる。無ければ担当部署で決める
- 今の版の指針で見直す:令和 8 年 10 月 1 日適用の版で、条番号やプライバシーの書き方が変わっていないか確かめる
- 見せる相手と目的を決める:相談者・行為者・社内の会議のどれに、何を伝えるための写しか
- 伏せる情報を洗い出す:聴取した第三者の氏名と発言、機微な個人情報、事案と関わりの薄い私的な情報。個別の判断は担当部署や専門家に確認する
- 開示の求めなら別に扱う:個人情報保護法に基づく求めかを確かめ、開示請求の記事の手順で進める
- 下の文字ごと消す:黒い四角を重ねるのではなく焼き込む。紙なら透けないか確かめる
- 渡す前に確かめる:文字を選んでコピーできないか、文書情報・コメント・ファイル名に名前が残っていないかを見る
このページは、参考に挙げた厚生労働省の指針・パンフレット・解釈事項と、個人情報保護法の条文の要点を整理したものです。個別の事案で報告書のどこを伏せるか、開示の求めにどう応じるかは、社内の担当部署や弁護士などの専門家に確認してください。士業の方向けの Fuseji の使い方は 士業の方へ、価格は 価格 にあります。
参考
- 厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和 2 年厚生労働省告示第 5 号・令和 8 年 10 月 1 日適用)2⑺・4⑶・4⑷:https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001701369.pdf
- 厚生労働省「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成 18 年厚生労働省告示第 615 号・令和 8 年 10 月 1 日適用)4⑷:https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001701366.pdf
- 厚生労働省 パンフレット「事業主が講ずべきハラスメント対策パンフレット」:https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001338359.pdf
- 厚生労働省 雇用機会均等課「ハラスメント防止措置義務規定等における解釈事項について」(令和 8 年 4 月 24 日・令和 8 年 9 月 30 日改訂)問 45:https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001695619.pdf
- 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html
- 個人情報の保護に関する法律 第 33 条(e-Gov 法令検索):https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057