医療事故調査の報告書で、医療従事者を識別できないようにする — 消すもの・残すもの
先に結論
医療事故調査制度では、病院・診療所・助産所の管理者が、院内で行った医療事故調査の結果を医療事故調査・支援センターに報告します。そのときの報告書について、医療法施行規則は「当該医療事故に係る医療従事者等の識別(他の情報との照合による識別を含む。次項において同じ。)ができないように加工した報告書」を出すよう定めています。
- 識別できないようにするのは、医療従事者等の側です。調査の項目・手法・結果の中に、関わった医師や看護師などが分かる情報があれば、分からない形にします。
- そのまま載せる項目もあります。医療事故が起きた日時・場所・診療科名、病院等の名称・所在地・管理者の氏名・連絡先、医療を受けた人の性別・年齢などは、省令が「記載し」と定める項目です。
- センターの案内は、書き方の例として「A医師、B医師」を挙げています。名前を記号に置き換えて書く形です。
個人情報だからと何でも黒く塗ると、省令が載せるよう求める項目まで消してしまいます。このページでは、法令と厚生労働省の Q&A、センターの案内の言葉どおりに、消すものと残すものを整理します。
省令が求める報告書の中身
医療法と施行規則の定め
医療法 第 6 条の 11 第 1 項は、医療事故が起きたとき、病院等の管理者は「速やかにその原因を明らかにするために必要な調査」を行わなければならない、と定めています。同じ条の第 4 項は、医療事故調査を終えたときは「遅滞なく、その結果を第六条の十五第一項の医療事故調査・支援センターに報告しなければならない。」としています。
この報告の書き方を定めているのが、医療法施行規則 第 1 条の 10 の 4 第 2 項です。全文は次のとおりです。
「病院等の管理者は、法第六条の十一第四項の規定による報告を行うに当たつては、次に掲げる事項を記載し、当該医療事故に係る医療従事者等の識別(他の情報との照合による識別を含む。次項において同じ。)ができないように加工した報告書を提出しなければならない。」
続けて、記載する事項として次の 4 つが並んでいます。
- 「当該医療事故が発生した日時、場所及び診療科名」
- 「病院等の名称、所在地、管理者の氏名及び連絡先」
- 「当該医療事故に係る医療を受けた者に関する性別、年齢その他の情報」
- 「医療事故調査の項目、手法及び結果」
目的は個人の責任の追及ではない
医療事故調査・支援センター(日本医療安全調査機構)の「医療機関のみなさまへ」のページは、通知の内容として「本制度の目的は医療安全の確保であり、個人の責任を追及するためのものではないことを、報告書冒頭に記載する。」と案内しています。センターが参考として公開している報告書のフォーマットも、冒頭に同じ趣旨の一文を置いています。医療従事者を識別できないようにする決まりは、この目的と並んで置かれています。
そのまま載せる項目: 病院名・管理者・患者の性別や年齢
厚生労働省の「医療事故調査制度に関するQ&A」の Q20 は、「医療機関が調査結果を『当該医療従事者等の関係者について匿名化して提出する』際には、どのような点に注意すれば良いですか?」という問いに、上の 4 つの事項を挙げたうえで、次のように答えています。
「上記1から3については、規則に定めている事項の報告をお願いします。なお、4については、医療従事者等が識別される情報が含まれる場合には、それを識別できないようにして(匿名化して)提出するようお願いします。」
つまり、1 から 3 の項目は、規則が定めるとおりに書きます。
- 病院等の名称・所在地・連絡先:報告する医療機関そのものの情報です
- 管理者の氏名:規則が記載する事項として挙げています
- 医療を受けた人の性別・年齢など:センターの案内も、報告する事項に「患者情報(性別/年齢等)」を挙げています
- 日時・場所・診療科名
墨消しの道具で氏名や医療機関の名前を自動で探すと、病院名や管理者の氏名も候補に挙がります。報告書では、これらは候補から外して残す側です。
なお、医療を受けた人について、規則が挙げているのは「性別、年齢その他の情報」です。それ以外の患者の情報をどこまで書くかは、この記事で見た法令・Q&A・センターの案内には書かれていませんでした。迷うときは、センターや医療事故調査等支援団体に相談してください。
識別できないようにするのは、調査の結果の中の医療従事者
センターの案内と例
センターの「医療機関のみなさまへ」のページは、院内調査の結果の報告について、「当該医療従事者等の関係者について匿名化する。」という通知の内容を示し、「情報の匿名化について」として次のように書いています。
「報告内容に、当該医療従事者等の関係者が識別される情報が含まれる場合は、識別されないよう匿名化されているかご確認ください。」
そのすぐ下に挙がっている例が「例:「A医師、B医師」」です。氏名を消して空白にするのではなく、誰の行為かが文章の中で区別できるように、記号に置き換えて書く形です。
ここでいう「匿名化」は、この制度の報告書についてセンターと厚生労働省が使っている言葉です。個人情報保護法の「匿名加工情報」は別の仕組みで、法令の基準に沿った加工を指します。混同しないようにしてください。違いは 症例報告・学会発表の前に消す患者の情報 でも触れています。
「他の情報との照合」の範囲
規則の「他の情報との照合による識別を含む」について、Q20 は次のように説明しています。
「「他の情報」とは個人情報保護法等既存法令における個人情報の考え方と同様に、公知の情報や図書館等で一般に入手可能など一般人が通常入手しうる情報が含まれるものであって特別な状況で入手し得るかもしれないような情報についてまで含めて考えることを想定していません。」
氏名を記号にしても、ほかの記載と合わせると誰のことか分かる場合がある、という考え方です。どの記載がそれに当たるかは事例ごとに違います。判断に迷うときは、センターに確かめるか、医療事故調査等支援団体の支援を求めてください。センターの案内は、支援団体の支援の内容に「報告書作成に関する相談、助言(医療事故に関する情報の収集・整理、報告書の記載方法など)」を挙げています。
内部資料は報告に含めない
センターの案内は、「医療機関が報告する医療事故調査の結果に院内調査の内部資料は含まない。」としています。当事者のヒアリングについても、「ヒアリング結果は内部資料として取り扱い、開示しないこと。(法的強制力がある場合を除く。)とし、その旨をヒアリング対象者に伝える。」と書いています。報告書に何を添えるかを決める段階で、内部資料が紛れ込んでいないかを確かめることになります。
遺族への説明でも同じ
医療法 第 6 条の 11 第 5 項は、センターに報告する前に、あらかじめ遺族に説明しなければならない、と定めています。説明する事項について、施行規則 第 1 条の 10 の 4 第 3 項は、第 2 項の各号の事項「(当該医療事故に係る医療従事者等の識別ができないようにしたものに限る。)」としています。
センターの案内も、遺族への説明事項として「現場医療者など関係者について匿名化する。」を挙げています。説明の方法については、「遺族への説明については、口頭(説明内容をカルテに記載)又は書面(報告書又は説明用の資料)若しくはその双方の適切な方法により行う。」としています。書面で説明するなら、その書面も、医療従事者を識別できないようにしたものを用意することになります。
書き上げたあとの確かめ方
センターへは Word のファイルで
センターの案内は、出された院内調査結果報告書を集めて分析し、再発防止の提言にまとめるため、センターでも「院内調査結果報告書をセンターで匿名化して使用しております。」と書き、「そのため、可能な範囲でWordファイルでご提出をお願いいたします。」としています。報告書の本文を初めから記号に置き換えて書いておくと、あとで消す手間が減ります。
残りやすい場所
本文を記号で書いても、名前が残ることがあります。たとえば、本文とは別に作った経過の表や図、報告書に貼った画像や写し、文書の作成者の情報などです。書き上げたら、関わった人の氏名や職員番号で文書の中を検索して、残っていないかを確かめてください。
PDF や紙で渡すとき
遺族に渡す書面や、PDF で保存する版を作るときは、もう 1 つ注意があります。PDF の上で黒い四角(注釈や図形)を重ねただけだと、下の文字はファイルの中に残っています。文字を選んでコピーすると、隠したはずの名前が読めてしまいます。PDF で消すなら、下の文字ごと消す(焼き込み)方式を使います。やり方は PDF を黒塗り(墨消し)する正しい方法 に、失敗の型は 黒塗りが「見える」「剥がせる」原因と、渡す前の確かめ方 にまとめています。できあがった PDF は、剥がしテスト(無料)で、黒い四角の下に文字が残っていないかを調べられます。
Fuseji の使いどころ
Fuseji(伏字)は、日本語の PDF と画像から、氏名や「職員番号」の後ろの番号、「〇〇病院」のような医療機関の名前などを候補として示し、選んだ部分を下の文字ごと焼き込む Mac アプリです。関わった職員の名前を辞書の「常に消す語」に入れておくと、どの書類でも候補に挙がります。逆に、自院の名前や管理者の氏名は、確認の画面で外すか、「消さない語」に入れて残します。書き出した直後に、消した語が残っていないかを自動で確かめます。原本のファイルは上書きしません。
Word のファイルを直接読み込むことは、今はできません。PDF にしてから読み込んでください。検出は「候補の提示」で、漏れがないことを保証するものではないので、最終的な確認は画面で行ってください。処理はすべて Mac の中で行い、書類そのものや見つけた語を送ることはありません。医療機関向けの説明は 医療機関・研究者の方へ、価格は 価格 にあります。
手順のまとめ
- 規則の 4 つの事項をそろえる:日時・場所・診療科名、病院等の名称・所在地・管理者の氏名・連絡先、医療を受けた人の性別・年齢など、調査の項目・手法・結果
- 冒頭に制度の目的を書く:医療安全の確保であり、個人の責任の追及ではないこと
- 調査の結果の中の医療従事者を記号で書く:「A医師、B医師」のように。ほかの記載と合わせて誰か分からないかも見る
- 内部資料を含めない:ヒアリングの結果などは報告に入れない
- 残っていないかを確かめる:氏名・職員番号で検索する。図表や貼った画像も見る
- 1 から 3 の項目を消していないかを確かめる:病院名・管理者の氏名・患者の性別や年齢は残す
- 遺族に説明する書面も同じ形に:PDF で渡すなら、下の文字ごと消えているかを確かめる
このページは、参考に挙げた法令・Q&A・センターの案内の要点を整理したものです。個別の報告書で何を識別できないようにするか、どう書くかは、医療事故調査・支援センターや医療事故調査等支援団体、施設の担当部署に確認してください。
参考
- 医療法 第 6 条の 10・第 6 条の 11(e-Gov 法令検索):https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
- 医療法施行規則 第 1 条の 10 の 4(e-Gov 法令検索):https://laws.e-gov.go.jp/law/323M40000100050
- 厚生労働省「医療事故調査制度に関するQ&A」(平成 27 年 9 月 28 日更新)Q20:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000098511.html
- 厚生労働省「医療事故調査制度に関するQ&A」の一覧:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_31442.html
- 日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター)「医療機関のみなさまへ」:https://www.medsafe.or.jp/survey/medical
- 同 報告書フォーマット(参考):https://www.medsafe.or.jp/med-cms/wp-content/uploads/2025/05/format.docx